宇宙には、私たちが知っているだけでも、さまざまな現象があります。
物体が動く。
光が進む。
電気が流れる。
磁石が引き合う。
原子の内部で反応が起きる。
一見すると、それぞれ別々の現象に見えます。
ところが科学は、長い時間をかけて、こうした異なる現象の間に共通する法則を見つけてきました。
その代表的な一つが、電気と磁気の統一です。
19世紀、マクスウェルは電気と磁気を一つの理論で記述しました。その後、20世紀になると、電磁気力と弱い力を一つの枠組みで説明する「電弱統一」(ワインバーグ=サラム理論等)が進み、現在の標準模型の重要な部分になっています。
さらに、その先には、強い力まで含めて統一しようとする「大統一理論」があります。
現在の標準模型は、素粒子と、重力を除く三つの基本的な相互作用を非常によく説明しています。一方で、重力は標準模型に含まれておらず、暗黒物質など、まだ説明できていない問題も残されています。電磁気力、弱い力、強い力をさらに高いエネルギーで統一できるのか、そして重力まで含められるのか。現在も研究が続いています。
ここで、私は一つの疑問を持ちました。
なぜ人間は、異なるものを一つの法則で説明しようとするのでしょうか。
もちろん、科学では「一つにまとめれば美しいから」というだけで理論が認められるわけではありません。実験によって確かめられ、観測と一致する必要があります。
それでも、異なる現象の背後に共通する仕組みを探すという姿勢は、科学の歴史の中で繰り返されてきました。
しかし、この発想は科学者の世界だけのものなのでしょうか。
私たちの生活にも「共通のものさし」がある
私たちの日常生活を考えてみます。
長さを測る。
重さを測る。
時間を測る。
温度を測る。
電気を測る。
こうしたことが当たり前にできるのは、そこに共通の「単位」があるからです。
「この机は長い」と言っても、それだけでは人によって受け取る内容が違います。
しかし、「長さは1.8メートル」と言えば、誰もが同じ「1.8メートル」という同一の基準を使って考えることができます。
建設現場でも同じです。
高さ、距離、重量、時間、速度、温度など、さまざまなものを共通の単位で表します。
それによって、設計する人、施工する人、管理する人、材料を運ぶ人など、立場の異なる人たちが、同じ対象について意思疎通できるようになります。
つまり単位とは、単なる数字の後ろにつける記号ではありません。
人間が感じたり観察したりした現象を、他者と共有できる情報に変えるための「ものさし」なのです。
「言葉」もまた、現象を共有する道具になる
しかし、数字と単位だけでは現場を語ることはできません。
「荷重」
「摩擦」
「劣化」
「異常」
「危険」
「施工」
「停止」
「点検」
私たちは、こうした言葉を使って現象を説明します。
同じ言葉を、ある程度同じ意味で使えるからこそ、複数の人間が同じ現象について話すことができます。
例えば、「機械がおかしい」という言葉だけでは、まったく情報が足りません。
・異常音なのか。
・温度上昇なのか。
・振動なのか。
・動作速度の低下なのか。
・電流値の変化なのか。
さらに具体的な言葉や数値が必要になります。
つまり私たちは、
現象を観察し、それを言葉や数値に置き換えることで、初めて他者と共有できる情報にしている。ということです。
しかし、ここには一つの問題がある
ここまで考えると、少し気になることがあります。
私たちは、
「測る」
「単位を付ける」
「言葉にする」
ことによって、現象を客観的に扱えるようになりました。
しかし、客観的に表現できたものが、現象のすべてなのでしょうか。
例えば、「作業員が3メートル落下した」という記録は客観的です。しかし、その3メートルという数字だけでは、その事故の重大性までは分かりません。
・作業場所はどういう環境だったのか。
・落下点の状態はどうだったのか。
・作業員は何を目的として作業していたのか。
・作業工程に無理はなかったのか。
・周囲の人は何をしていたのか。
・本人は、その瞬間に何を判断したのか。
数字にすることで、現象の一部は明確になります。
しかし同時に、数字だけでは表現できないものも残ります。
ここに、「現象」と「現象を表現した情報」の違いがあります。
科学も現場も、まず「現象を扱える形」にする
大統一論への挑戦も、見方を変えれば、異なる現象を共通の枠組みで扱おうとする試みです。
日常生活で単位を使うことも、現場で共通の用語を使うことも、目的は違っても、ある意味では似ています。
そのままでは扱いにくい現象を、
測定する。
分類する。
言葉にする。
数値にする。
共通の尺度で比較する。
そうすることで、人間は現象を理解し、他者と共有し、さらに予測や管理へ進むことができます。
生活環境をより安全で便利なものにすることも、現場管理を改善することも、基本的なところでは同じような営みなのかもしれません。
しかし、ここから先に、もう一つ重要な問題が出てきます。
現象を比較したり、再現したりするためには、「条件」をそろえる必要があるからです。
・温度が違う。
・材料が違う。
・時間が違う。
・作業方法が違う。
・周囲の環境が違う。
それでは、同じ結果が出たのかどうかを判断することが難しくなります。
だから人間は、条件をそろえようとする。そして、そのために新しい測定方法を作り、新しい機械を作り、新しい管理方法を作ってきました。
では、なぜ、前提条件が必要なのでしょうか。
そして、その条件を守らなければ、何が起こるのでしょうか。
さらに、現実の現場で、条件は本当にそろうのでしょうか。
次回は、そこから考えてみたいと思います。
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