「見えているつもり」が危険を見落とす――お盆前の交差点で感じた安全の盲点

現場の構造

今朝、家族を会社へ送るため、車を運転していました。

お盆休みを前にした時期ということもあるのか、通勤時間帯ではありましたが、普段より交通量は少ない朝でした。

そのような中、交差点で何台もの自転車が、十分な減速や周囲の確認をしないまま、車の前を横切っていきましたが、幸い、事故にはなりませんでした。

私自身は、車だけではなく、自転車や歩行者の動きにも注意しながら、「いつもより空いているから、飛び出してくるかもしれない」と考えて運転していたからです。

しかし、この光景を見て、以前このブログで書いた記事「人は、慣れた風景を見なくなる。」を思い出しました。

・毎日通る道路。

・いつも利用する交差点。

・見慣れた街の景色。

人は、慣れることで周囲への意識を少しずつ変化させていきます。

そして、もう一つ。

人は、見えなくなるだけではなく、「見えているつもり」が、「見たつもり」になり、やがて「見ていない」と同じ状態になってしまうことがあります。

・交通量が少ない。

・周囲がよく見える。

・いつもの道だから分かっている。

そうした安心感や勘違いが生まれると、本来必要な確認や判断を省略してしまうことがあります。

・「車は来ないだろう。」

・「相手も止まるだろう。」

・「今日は大丈夫だろう。」

その小さな判断の積み重ねが、事故につながることがあります。

また、普段とは異なる予定や目的がある日も、人の判断に影響を与えることがあります。

・帰省。

・旅行。

・家族や友人、恋人との予定。

いつもとは少し違う一日の流れ。

気持ちは先の予定へ向かい、無意識のうちに、普段なら行っている確認を簡略化してしまうことがあります。

この時期、メディアでは高速道路など幹線道路での事故報道を目にする機会が増えます。

しかし、注意が必要なのは、特別な場所だけではありません。

自宅周辺や、普段利用している道路にも危険はあります。

なぜなら、そこには「慣れ」と「安心感」の温床だからです。

お互いが、

・「いつもの場所だから大丈夫。」

・「相手も気付いているだろう。」

そう思った瞬間、確認すべきことが省略されてしまうことがあります。

これは交通だけの話ではありません。

建設現場でも同じです。

・慣れた作業。

・いつもの手順。

・問題なく続いてきた経験。

その積み重ねが、「今回も大丈夫」という判断につながることがあります。

しかし、現場も道路も、安全が保証された日はありません。

・人の動き。

・天候。

・時間帯。

・周囲の環境。

少しずつ変化しています。

安全とは、危険を探すことだけではありません。

・「本当に見えているのか。」

・「確認したつもりになっていないか。」

その問いを、自分自身に向け続けることなのだと思います。

事故は突然起きるように見えます。

しかし、その前には、小さな判断の変化や確認の省略が存在していることがあります。

この夏、帰省や旅行など、普段とは違う時間を過ごされる方も多いと思います。

だからこそ、いつもの道でも、いつもの行動でも、「大丈夫だろう」と決めつけず、一度立ち止まって周囲を確認してほしいと思います。

この夏、読者の皆さんが事故に遭うことなく、安全に過ごされることを願っています。

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※ この記事は、合同会社正進(メディア事業)の経験と、現場での考察に基づくものです。正進の母体である正進総合保険企画(2004年開業・損害保険代理店)の知見も含まれますが、建設業に関する専門的な技術的助言ではありません。個別の事案については、必ず専門家にご相談ください。

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