私は政治とは、街づくりのルールを定め、社会の方向性を示す営みなのだと考えています。
・道路をどこに整備するのか。
・住宅地と工業地帯をどう配置するのか。
・災害にどう備えるのか。
・働く人の安全をどう守るのか。
政治は社会の方向性を決め、その意思は法律という形になります。
そして規制は、その法律に基づき、工事計画や事業計画が法令に適合していることを確認し、その内容が適切に履行されているかを判断する基準となります。
規制には、人命や環境を守るという重要な目的があります。同時に、事故やトラブルが発生した際に、責任の所在を明確にする基準としての役割も担っています。
私は、この制度そのものを否定するつもりはありません。社会を公平に運営するために、法律も規制も不可欠な存在です。しかし、建設現場を日々観察し、損害保険代理店として事故対応や事故原因の報告に接してきた中で、一つの疑問を抱くようになりました。
「法律は正しい。それでも、なぜ事故はなくならないのだろう。」
現場では、多くの会社が法令を守っています。
- 作業計画書を作成する。
- 危険予知活動(KY)を行う。
- 保護具を着用する。
- 安全教育を実施する。
- 必要な資格を取得する。
これらはすべて、安全を支える大切な取り組みです。それでも事故は起こります。
事故報告書には、
- 「手順どおりに作業していた」
- 「点検は実施していた」
- 「教育も受けていた」
という記録が並ぶことがあります。つまり、法令違反だけでは説明できない事故も、現実には存在することを意味します。
私は、その理由は「制度」と「現場」の性質の違いにあると考えています。
制度は、誰に対しても公平に適用できる共通の基準です。一方で、現場は決して静止していません。
朝と夕方では現場の姿が違います。資材が運び込まれ、重機が移動し、足場が組み替えられ、人の動線が変わり、工程が進みます。その変化に合わせて、新たな危険箇所が生まれ、また消えていきます。
私は、現場は生き物のようなものだと思っています。
この現象を考えるとき、私は物理学のエントロピー増大の法則を一つの比喩として思い浮かべます。放っておけば、秩序は少しずつ崩れ、状態は変化していきます。
現場もまた、何もしなければ安全な状態がそのまま維持されるわけではありません。時間の経過とともに、新しい制約が生まれ、新しい負荷がかかり、昨日まで安全だった場所が、今日は危険な場所へ変わることがあります。
その一つひとつの変化に、その瞬間ごと対応することは、現実には極めて困難です。
では、現場責任者は何を履行すればよいのでしょうか。
もちろん、法令を守ることは大前提です。必要な手続きを行い、記録を残し、規制に従って現場を管理することは、社会的な責任です。しかし、それだけでは現場は守れません。
現場責任者に求められるのは、
- 「今日はいつもと違わないか。」
- 「この工程で新たな危険は生まれていないか。」
- 「予定どおり進めることより、一度立ち止まるべきではないか。」
そんな小さな変化を見逃さず、状況に応じて判断し続けることです。
現場責任者は、安全だけを考えて判断できる立場ではないからこそ、その役割は極めて難しいのです。しかも、その判断は納期や工期、コスト、人員配置など、さまざまな制約の中で行わなければなりません。
事故は突然起きるのではありません。
その前には必ず、小さな兆候があります。
- 現場で働く人の表情。
- 資材の置き方。
- 車両の動線。
- 機械の音。
- 天候の変化。
そうした違和感は、チェックリストだけでは拾いきれません。私は、日々の現場では、安全のルールは完成しないのだと思っています。なぜなら、現場そのものが完成しないからです。
変化し続ける現場に対して、安全管理もまた変化し続けなければなりません。
法律は完成を目指します。しかし現場は、完成した瞬間から次の変化が始まります。だから安全とは、完成したルールを守ることではなく、変化を観察し、その変化に対応し続ける営みなだと思います。
それが、変化し続ける現場を預かるということの難しさなのだと思います。
法律は必要です。制度も必要です。それらがあるからこそ、社会は公平な基準のもとで成り立っています。
しかし、本当の安全は、制度だけでは生まれません。
制度と現場。
その間にある「ズレ」を理解し、そのズレを埋めようと努力すること。それを政治を含むすべての立場で継続すること。
私は、その積み重ねこそが事故を減らし、より安全な街づくりにつながると信じています。
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次回予告
制度と現場のズレ②
「働き方改革の意外な副作用――時間を守っても、安全は守れないことがある」
働き方改革は、働く人を守るために進められてきました。しかし現場では、「時間を守ること」と「安全を守ること」が必ずしも一致しない場面があります。
制度が現場にもたらした新たな課題を、建設現場の視点から考えてみたいと思います。
【免責】
※ この記事は、合同会社正進(メディア事業)の経験と、現場での考察に基づくものです。正進の母体である正進総合保険企画(2004年開業・損害保険代理店)の知見も含まれますが、建設業に関する専門的な技術的助言ではありません。個別の事案については、必ず専門家にご相談ください。

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