工事現場の前を通るとき、 人は少しだけ歩き方を変えています。作業員の方が立っている時、 車はわずかに速度を落とし、 歩行者も周囲を確認します。しかし同じ道路でも、 深夜になり、 誰も見ていないと感じた時はどうでしょう。昼間の現場と深夜の現場を見比べても、同じようなことを感じます。
私は時々、 「人は量子なのではないか」と考えることがあります。人は固定された存在ではなく、 “何に観測されているか” によって状態が変化する存在なのかもしれません。
例えば、 警察官を見た時の運転と、 子供を見た時の運転は違います。
監視カメラを意識する時と、 現場責任者の視線を感じる時でも、 人の振る舞いは変わります。
さらに言えば、 他人の視線だけではありません。 人は、 「未来の自分」に見られていると感じた時にも、 判断を変えることがあります。
街の中には、 道路、 工事現場、 交差点、 歩道、 工事車両など、 さまざまな風景があります。
しかし本当に動いているのは、 コンクリートや鉄ではなく、 そこで絶えず判断を繰り返している人間なのだと思います。
都市とは、 建物の集合ではなく、 「観測と判断の集積」 によって成り立っているのかもしれません。 現場の風景を見ていると、 そのことを強く感じます。
【この記事を読んで】 現場の「当たり前」に違和感を覚えた方は、まずは話を聞かせてください。 現場を見て、気づいたことを一緒に整理します。 → お問い合わせはこちら
【免責】
※ この記事は、合同会社正進(メディア事業)の経験と、現場での考察に基づくものです。正進の母体である正進総合保険企画(2004年開業・損害保険代理店)の知見も含まれますが、建設業に関する専門的な技術的助言ではありません。個別の事案については、必ず専門家にご相談ください。


コメント